アートなしには生きられない

バレエ、ダンス、クラシック音楽、美術館などシンガポール・東京でのアート体験を中心に。

新国立劇場バレエ団『コッペリア』無観客ライブ配信(全4公演)

自宅でコッペリア

※5/5追記しました

※5/4追記しました

 

『コッペリア』無観客ライブ配信(無料)のお知らせ(2021年5月2, 4, 5, 8日) | 新国立劇場 バレエ&ダンス

 

緊急事態宣言により観客を入れての公演ができなくなってしまったゴールデンウイークの新国立劇場。新国のみならず様々な公演が多大な影響を受けている。「コロナ禍だから仕方がない」とも言いきれず、対策の失敗による”人災”の面が大きいと個人的には思っているので、今回の急な宣言とそれに伴う劇場等の閉鎖には心底怒っている。(政府に対して)

 

こんな大変な中で無料配信を、しかもなんとまさかの4キャスト4公演を無料配信するという新国の決断。びっくりした。

 

お出かけが難しいゴールデンウィーク、ご観劇を予定されていたお客様からバレエは初めてという方まで、この機会にぜひ多くの皆様にフランスのエスプリ薫る、ローラン・プティの傑作『コッペリア』をご自宅でお楽しみいただけましたら幸いです。 

 

有料でいいと思うんだけど、でも、無料だからこそ見る人、無料なら見てみるかと思う人というのがいるだろうから、 ”国立”としては無料でできるだけ多くの人に見てもらうという選択になったのかな。

 

さてこの『コッペリア』はローラン・プティ版。新国では2007年に初演しているらしい。プティが健在の頃ね。舞台はよくあるほのぼのとした田舎ではなく、フランスの街の設定。まあプティですから、都会的であったり、退廃的であったりというのがあるのかなあと思って初日を観た。

 

2021年5月2日(日)14:00

【スワニルダ】米沢 唯
【フランツ】井澤 駿
【コッペリウス】中島駿野

 

公演リーフレットもオンラインで。

coppelia_leaflet_28p

 

さて、どのあたりに”フランスのエスプリ”が薫っただろうか。どういうところにプティらしさやフランスらしさを感じただろうか。プティ版『コッペリア』は子供向け作品なのか?私はもっと大人でダークな世界を見たいのよ。プティだし。

 

これは個人的な好みの問題ではあるけれども、それと同時に、プティらしさの問題でもあると思うんだ。他のプティ作品を思い出してみるとプティは「美しい女性にダメにされる男」の話が好きだよね。(笑)

美しい女性に魅惑され、魅力に抗えず、命を落としさえする。『コッペリア』では死にこそしないけど、最後の場面を見るとコッペリウスにその系譜がある。

なので、コッペリウスが超大事なものを失うその原因となるスワニルダがどんな女性かが超大事なわけだよね。ここでいつもの、「新国もやもや」にぶち当たるわけだ。(完全に個人の感想です)

 

”コミカルでキュート”というのは子供っぽいとか子供向けというのとは違うはず。なんだけど、途中「これは子供向け作品なのか??」って思っちゃったよ。もちろん受け取り方は人それぞれだと思うのだけど。新国でいつも感じる表情の作り方、表現方法にどうしても違和感を感じてしまうし、それが今回はプティ作品の女性像となるとあまりにイメージと違いすぎて…。

過去の『マノン』でもそうだったけど、描かれる女性像のあまりの違いにどうしても違和感なしには観られない。好みに合わないなら観なきゃいいじゃんってなるんだけど。(でも観る)

 

これは「女性像」として一般にイメージする時の、フランスと日本の違いの大きさなのかもしれない。フランスの大人の女性にあのスワニルダはいない。(勝手に断言してすまぬ)なんなら女子小中学生にだっていない可能性ある。それくらい違う。

 

これは私の勝手な期待値の問題なんだろうか。というよりは、上演される劇場のある社会にとっての「女性像」の違いの問題なのではないかと、私は考えている。どんな女性が好ましく思われているか、何を女性らしさとみなしているか、の違い。

 

また、プティ作品のプティらしさというのは実は振付よりも踊るダンサー自身によって作られていたのかもしれないなあというのも、今回見て思ったこと。まず”大人”なダンサーでなければならない。そして”強い女”でなければならない。そんな気がした。あ、男性ダンサーもです、大人、もちろん。自己があること。

 

もう少し続けていろいろ考えていると、では、新国のキャラにプティ作品は合っているのか?というところまでくる。プティもしくはフランスが描き出す作品の世界観と、新国の持っている特徴・特長は、ある意味対極くらい遠くない?

なんて私が言うのはあまりに勝手だけども。でも、それぞれのカンパニーのキャラに合ったバージョン、作品というのは確実にあると思うので。

 

初日の配役ではコッペリウスの中島駿野さんよかったです。若いダンサーのようだけど、大抜擢だったんですね。プティなのでもっと狂人でもよかったと思うけど、雰囲気好みでした。最後がもっとディープでダークになるのが好きだけど、それは私の趣味ですね。(笑)

 

まだ3公演あるのでまた観るよ!

2021年5月4日(火・祝)14:00

【スワニルダ】木村優
【フランツ】福岡雄大
【コッペリウス】山本隆之

2021年5月5日(水・祝)14:00

【スワニルダ】池田理沙子
【フランツ】奥村康祐
【コッペリウス】中島駿野

2021年5月8日(土)14:00

【スワニルダ】小野絢子
【フランツ】渡邊峻郁
【コッペリウス】山本隆之

 

5/4追記:

最初の方見逃したけど2日目のキャストも観た。初日より良かったな。引き続き「プティらしさとは…」となってはいるけど。スワニルダとフランツの相性なのかな、このキャストの方が活きてる感じがする。そしてコッペリウスが細かいところまで行き届いてる。経験豊かな山本さんの役作りだろうか。『コッペリア』ってコッペリウスの話だと思うので、人生の悲哀とか、人間の性とか、ラストに重みを与えられるダンサーがやるべき役なんだろうな。

初日も今回も、スワニルダがかわいい、キュートっていう感想が多いのだけど、「朝ドラのヒロイン」というワードがめちゃくちゃそれだっ!!ってなった。新国の女性キャラクターの作り方、目指す方向性が朝ドラのヒロイン系なんだ。元気で健気で溌溂としてて。それだそれ。(個人の感想です)

 

5/5追記:

3キャスト目なんだけど、私の中での結論は出ました。プティ向いてない。なぜあえてプティ版を踊るのか、そこがわからないんですよね。逆に自分がどこにプティらしさを見ていたのかということを考えさせられた。振付はあくまでスタートで、その上に何をプラスできるか。もっと自信や大胆さがあってもよいのではないか。それらがないせいか”発表会風味”を感じてしまう。いやもうほんと何様だよって感じで申し訳ない。

一方で、”プティ版”にこだわらずに観る人には好評なのかなと、ざっと感想を読んだところではそんな印象。同じ舞台も、観る側の期待によって見え方も変わるよね。

中島さんのコッペリウスはエレガントで雰囲気があってなかなかよいですね。最後の小野/渡邊ペアも見届けようと思う。

粋と艶 -江戸のトップスターたち-

ゆったりとした建物・展示室に1点ずつタイトルだけでなく説明のある展示。低い人口密度。なんと余裕のある美術館。鳥獣戯画展とは何たる違いだ。(比べちゃだめ)

 

MOA美術館 | MOA MUSEUM OF ART » 粋と艶 -江戸のトップスターたち-

 

あまりにゆったりしてるので油断してしまいそうになるが、豊国、写楽歌麿北斎など有名作家のものがずらりと並んでいる。江戸時代の遊女や歌舞伎役者の絵を集めた展示。いやー、持ってるなー。

 

絵師たちの活躍のおかげで当時の風俗を垣間見られるわけだけど、そこで描かれるのが遊女なんだなーというのは、完全にスルーはできないかな。まあ現代で上演されている歌舞伎の狂言を見ていれば、ああまさにその世界、という感じなんだけどね。着物なども、歌舞伎の衣装って当時とつながってるんだなあとわかるし。

 

作品は作品として素晴らしいと思うと同時に、当時作られた歌舞伎の現在や今後については、どんな話なら上演し続けられるかっていうのも、若い世代は考えないといけないんじゃないかな。”伝統”ならなんでもそのまま残せばいいというものじゃないと思うし。

 

話が逸れた。

 

別世界のような美術館でちょっとリフレッシュできた。

MOA美術館、初めて行ったのだけどいろいろ驚いたな。

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国宝 鳥獣戯画のすべて

チケット争奪戦を乗り越えて行ってきた。

chojugiga2020.exhibit.jp

 

鳥獣戯画のすべて」というだけあって4巻そろって、さらに切り取られた断簡や失われた場面の摸本も含め、全巻全場面みることができるという力の入れよう。

 

たしか高山寺で見たことがあるのと、他にも見たことがあったような気がするんだけど、4巻を一度に見ると描き手の違いや時代の違いが線の濃淡や太さ、紙質などからよくわかる。まあ図録が欲しかったというのもあるんだけど。オンラインでは売り切れてて、実際手にしてみるとめちゃくちゃ立派な図録でさすが!となる充実の内容。

 

なかなかこういうのをじっくり見て味わう根気と素養がないのでイヤホンガイドの助けを借りて楽しんだ。一番人気は甲巻だと思うがなんと動く歩道に乗って見るという斬新さ。一度乗ってしまえば最初から最後までじーーーっと見つめていればいいというのはいいね。他の3巻は通常なのだけど。

動物の擬人化でウサギかわいいーってなるのに、人物戯画になると人間かわいくない。。ってなったりして申し訳ない。空想の動物好き。

 

しかし私は会場の混雑っぷりに驚いたというか、鳥獣戯画の人気っぷりに驚いたよ。すごいなあ。ってまあ私もわざわざ行ったんだけどさ。皆さんほどの熱意が私にはあるだろうか、いやない、ってなった。(笑)

このジャンル、私にはまだ早いんだろうか。

 

コロナ禍であり、感染者数が増えてきているタイミングでの開催なので、せっかく日時指定の予約制なのにこんなに混むなんて!とつい思ってしまった。特にグッズ売り場、混みすぎ。売り場を広げるとか、図録だけ買う人を分けるとか、なんかもうちょっと工夫してほしい。身体が接触するような混雑で、不安で仕方がない。これから何か対策してくれるといいけど。

 

1時間の入場時間枠なので時間ぴったりは混むだろうと思い、30分頃に行ったのだけど、入り口前に10人ほど順番待ちしていて、少しずつ建物内へ。QRコード読み取ったら紙のチケットくれた。

展示室はガラス前に行列できてるけど後ろからのぞき込むのでもよければそんなに時間かからない。甲巻の動く歩道は行列長くて10分くらい待ったかも?

 

東京にも緊急事態宣言が出されるかも、と言われてるところなので心配ではあるけど次のチケット発売は5月4日。会期は5月30日まで。無事継続されますように。

特別展 国宝鳥獣戯画のすべて

 

今までで一番グッズ売り場で散財したかもしれない。

ミッフィーコラボのかわいさにあらがえなかった!

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Ammonite(アンモナイトの目覚め)

フランシス・リー監督≪Ammonite≫(アンモナイトの目覚め)。メアリー・アニングという女性の古生物学者が実在していたのだね。

 

映画『アンモナイトの目覚め』 公式サイト

 

労働者階級で女性。どんなに才能や実績があっても名前が公に表示されることはない。どんな成功も、大英博物館に展示されるときには男性の名前に上書きされる。それでも生活していくために黙々と海岸で化石を探す毎日。メアリーの無表情、寡黙さは、ある種の諦めなのかもしれない。

 

シャーロットは裕福な夫の妻という立場で、これまた一人の人間としては存在してない。子供を失った悲しみから立ち直れないのも、夫との関係が原因なのではないか。子供がいてもいなくてもシャーロットはシャーロットとして素晴らしい、と言ってくれる人はいない。

 

「自分の存在価値とは。」というような空洞を抱えた二人がお互いを必要とし、特別な感情が生まれる。それは必然のように思えたし、女性同士だからレズビアンというより孤独な人間同士がたまたま女性二人だった、ということではないのかと思った。そしてそこにセックスは必要だったのだろうかとも思った。いやもちろんセックスしたいならすればいいのだけど、映画として描くときにそこにそのセックスシーンが必要だったんですか、と問いたい気分。

 

この映画をセリーヌ・シアマ監督の『燃ゆる女の肖像』と比較した人も多いんじゃないか。実際、共通点も多い。けどシアマ監督が描いたのは作品の隅から隅まで登場人物である女性の視点であると感じたし、それがあの緊張感と共感、衝撃を生んだと思う。

一方、リー監督(男性でオープンリーゲイ)の場合は、他者目線な気がする。当たり前といえば当たり前だけど。どこか「鑑賞している」気配がある。

 

とはいえ、当時の女性たちが社会的階級を問わず置かれた女性であるがゆえの不利な環境の理不尽さであったり、その中で生きた女性たちの功績が透明化されてきたこと、制限のある中で生きる息苦しさを描くのはよかった。こういったテーマでは女性監督の活躍が目立つけど、男性監督によって描かれることもまた必要なことなのかも。

 

最後のほう、大英博物館を訪れたメアリーが男性の肖像画しか飾られていない展示室を歩くといった象徴的な場面。そこに女性の存在はない。ないことにされていたのだと。

 

一番最後、見つめあったメアリーとシャーロットはあの後どうしただろう。

 

【追記】

その後、シャーロットも実在の人物だったこと、実際には映画での設定より年上で、シャーロット自身も地質学や化石について知識を持っていたことを知り、その改変はどうなんだ?と疑問。映画では若くて無知なお金持ちの女性と描かれていた。貴族としての無自覚な傲慢さも。

メアリーとシャーロットが性的な関係として描かれることには違和感が増した。監督の都合上、設定を変えましたという感じ。

 

 

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LOUIS VUITTON &

 

東京・原宿にてエキシビション開催:「LOUIS VUITTON &」|ルイ・ヴィトン 公式サイト

 

創業以来クリエイティブな交流やアーティスティックなコラボレーションを重ねてきたルイ・ヴィトン──その160余年におよぶ歴史を辿る旅をご紹介するエキシビションLOUIS VUITTON &」を東京・原宿にて開催。

 

こういう見ごたえあるエキシビションを無料で開催できてしまうのさすが。ヴィトンらしく旅行用トランクに始まり、様々なアーティストとのコラボアイテムが並ぶ。日本での開催ということもあってか日本のアーティストの存在感高め。展示の仕方が上手いしそれ自体がアートと言っていいくらい。

 

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ほうほう、となるけど実際に自分が持って使いたいかというとその図はあまり浮かばないのだけど、ほしい!となったのは草間彌生コラボのサングラスでした。(笑)

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スカーフやストールは好みのもあるけど使うのに気を使っちゃいそうでね。そういう人はそもそも買えないお値段なのかもしれないけど。

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でもこうやってたまには本当にいいもの(才能と技術と時間とお金がふんだんに盛り込まれているもの)を愛でるのはいいねー。よい刺激。

 

ヴィトンですからとその場に留まるのではなくて、常に新しさを求め、多様なアーティストを起用するブランドの姿勢がとても現れていると思った。

 

LOUIS VUITTON &」
東京都渋谷区神宮前6-35-6 jing

2021年3月19日(金)-5月16日(日)
10:00-20:00(最終入場19:30)
入場料無料/要事前予約

歌舞伎座 四月大歌舞伎『桜姫東文章』上の巻

今月の歌舞伎座の話題はなんといっても仁左衛門玉三郎の『桜姫東文章』。

 

www.kabuki-bito.jp

 

チケット取るのも大変だったんだけど(売り切れてしまったので戻り待ち)、劇場での、イヤホンガイドを借りるのに行列、筋書きを買うのに行列、舞台写真を買うのも行列、とコロナ禍では感じたことがなかった熱気があった。

 

「やばい」「エロい」と多くの人が語彙を失う(笑)例の場面は、確かにいけないものを見てしまった感があり、性別も年齢も超えた芸の力に圧倒される。歌舞伎の様式美の多機能さでもあり、演じる俳優2人の積み重ねてきた経験と力量ゆえでもあり。

 

ただこの狂言のおもしろさは清玄にあるなあと思う。年月や、いくつかの大きな転機を経て、変貌していく清玄の姿。人間の弱さ、執着、恐れ。権助との二役演じ分けもさることながら、清玄という人物一人にしても、変化していく心の内の表現が素晴らしい仁左衛門さん。

 

例の場面の衝撃が大きすぎてそちらの情報が先行していたけど(私の周辺では)、それはあくまで一部分であって、大きな物語なんだなあと感じた。予習せずに行った私の感想。

 

この先物語がどうなっていくのか、6月の下の巻もぜひ見なくては。

またチケット争奪戦でしょうか。

 

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コメディ・フランセーズ in シネマ『シラノ・ド・ベルジュラック』

コメディ・フランセーズの舞台を映画館で。初めて観たよ。

 

コメディ・フランセーズ in シネマ/シラノ・ド・ベルジュラック | ル・シネマ | Bunkamura

 

シラノ・ド・ベルジュラック、映画化などもありおぼろげな記憶とイメージのみで観に行ったけど、なんというクオリティ!!

5幕もので、衣装はラクロワ。もちろんフランス語での上演で、言語の持つ響き、豊かさが圧巻。韻文を散りばめたセリフのなんと耳心地のいいこと。別に高尚な舞台のように扱う必要はないけど、観る側にも文化を受容する力や教養の前提があってそうすると存分に楽しめるんだろうなという印象を受けた。でも初見でも十分堪能できた。

 

いやあ、すごいな、文化の蓄積とそれを形にする力。

 

こちら、コメディ・フランセーズのサイトでの≪CYRANO DE BERGERAC≫作品紹介。16/17シーズン、プログラムなどもダウンロードできる。

www.comedie-francaise.fr

 

舞台裏の紹介映像でスタッフの一人が「8歳でもすべて理解できるように、8歳でシラノ・ド・ベルジュラックを見てコメディ・フランセーズのファンになるような作品にしようと作った」というようなことを語っていた。(発言内容はおよその記憶)

 

8歳でも、かあ。子供も対象だとしても全く容赦してないし、あのクオリティの演劇を子供の目でみたらどんなことを思うのか。俳優になりたいと思う子もいるだろうな。

 

パリにいた時、あるフランス人の友達が一緒にコメディ・フランセーズ行こうかと言ったことがあったんだけど、別のフランス人の友達が私にはきっと難しいよ(フランス語的に)と言い、私としては、(行ってみたい気もするけどきっとわからないだろうな…)という言語の壁にびびって行かなかったんだよね。

今日、字幕ありで見て思ったけど、もし劇場で字幕なしに見たらきっと半分も理解できなかったと思う。8歳のフランス語力に負けるので(笑)。日本語字幕ありで観られてよかった。

 

ちなみに、外国語の能力が足りなくても大人は知識や経験で補えることが多々あるので、最初から気後れしすぎずに挑んでいいと今は思ってる。予測機能が鍛えられてるからね、ほんとに。

 

1幕前半はまだお芝居の世界に慣れてなくて入り込めなかったけど、どんどんよくなった。最後は泣いた。

人は誰でも複雑な面を持っていて、いろんな思いを抱えていて、人を思いやり、愛し、邪険にし、憎み憎まれ、苦しみ、みんないつか死ぬ。シラノの愛、ロクサーヌの愛、ああもう、”本当の愛”とはなんだ??みたいな、哲学的な問いが湧いてくる。古典だけに、普遍的なのだ。

 

ところでフランスのコメディ・フランセーズの舞台が収録され日本の映画館で上映されているということは、日本の国立劇場の舞台がフランスの映画館で観られる、みたいな、例えるならそんな感じだと思うのだけど、そちらはなかなか実現が想像しにくいなあと思ってしまうのは偏見かしら。かつて團十郎さんがガルニエで歌舞伎公演をやったこともあったけど、映画館で歌舞伎や文楽などを見られたら、観たい人どれくらいいるかな。

まあ、私が見た回は10人以下だったので、日本でコメディ・フランセーズ観る層というのもかなり限られてるとは思うが…。

 

過去のでいいので、コメディ・フランセーズの超有名作品また映画館で観たいな。

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ラデュレでアフタヌーンティー

パリに行けないから銀座で。数年ぶりに会う友人とのデート!彼女にとって久しぶりの東京なんだけどパリでも一緒にラデュレ行ったのよね。

今回はアフタヌーンティーで訪問。イチゴの時期だけど普通のアフタヌーンティーにした。パティスリーでイスパハンも選べるし。

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パティスリーは4種から1人1つ選ぶ。イスパハンとフレーズ・ラデュレ(だったかな)。
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カロンは4種から1人2個選ぶ。
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長年の友人との再会だったので内容は二の次みたいになっちゃった。アフタヌーンティーとしての感想を言うと、お茶のおかわりができないのはアフタヌーンティーとしてどうなのか。最初に1種類選んでそれだけ。追加もチェンジもできない。サンドウィッチは紙に包まれてくるんだけど作ってからちょっと時間が経ってるのかもしれない。忘れてたけどスコーンもつかないな。

 

ということでアフタヌーンティーとして考えると、相変わらずパークハイアットがいいな。あそこはいいよ、うん。

 

Nomadland(ノマドランド)

公開を待っていた。

searchlightpictures.jp

 

主演のフランシス・マクドーマンドの演技が凄い。実際にノマドたちの中に入り、溶け込んでいる。

夫を亡くし、住んでいた家も街も失い、とてつもない喪失感と共に転々とノマド生活をしているファーン。古いヴァンがHOME。季節労働者として暮している中でノマド同士の助け合いや心の深いところでの交流があり、しかしそれは長期に渡って時間を共有するような結びつきではなく、出会っては別れ、またいつかどこかで再会する、を繰り返す。

 

ファーンは誰ともうまくやれるし、ノマドとして生きているのは人付き合いが下手だからではない。一緒に住もうと誘われることもある。ファーンが望めばそれもできる。だけど、なんだよね。

 

生きている間の時間をどう過ごすか。どこで誰と何をして過ごしたいか。

考えさせられる。

 

キャンピングカーを住まいとして繁忙期のアマゾン倉庫で働く人たちのドキュメンタリーを見たことがあったので、ファーンのような人たちの生き方は知っていた。何かのきっかけで職を失い、家を失い、大企業の”調整弁”として短期雇用される人たち。本当は定住したい人もいれば、そうでない人もいるのかもしれない。自由で気楽な放浪の旅のように見えるけど、肉体的にも厳しいし、高齢になれば病気にもなる。私にはできるだろうか、きっと無理だ…どうしよう…と思った。

 

作品中にも出てくるけど、ノマドという生き方はかつてのアメリカの開拓者に通じるような勇敢な生き方という見方もある。確かに誰でもマネできる生き方ではない。

 

アメリカ本土の地理に疎いのだけど、広大なアメリカ大陸の雄大な自然というのが大きな要素だなと思った。大きな空間があり、場所の取り合いをせずに、人と人が距離をとって居ることができる。時には集まって、また散らばって、またいつかどこかで再会する。それを可能にする土地の広大さ。そしてそれを認める人々の心の雄大さ。

 

ファーンの悲しみ、さみしさはどれほどのものかと考える。心を通わせる人も何人もいるので孤独ではないとも言える。でも同時に非常に孤独とも思える。自分だったらどうなるだろうか。ファーンの親しい人たちとのやり取りも胸を打つものが多かった。ああ、スワンキー。。

一方デイヴとの生き方の違いは切ないと同時に必然でもあった。屋根のある暮らし、家族。不注意でファーンの大事な皿を壊すようなタイプだからなあ、デイヴ。あそこでのあの選択がファーンの生き方だ。

 

See you down the road.

 

ドキュメンタリーのようでもあり、独特の雰囲気を持った作品だった。あれこれたくさん考えることが思い浮かぶのはよい作品の証。

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舞姫と牧神たちの午後 2021

追加販売されたチケット買えたので観に行ってきた。

新国立劇場小劇場、満席になると密度すごいね。

 

舞姫と牧神たちの午後 2021 | 新国立劇場 ダンス

1.「Danae」
木村優里&渡邊峻郁
振付 貝川鐵夫
音楽 ヨハン・セバスティアン・バッハ


2.「かそけし」
酒井はな&森山未來
演出・振付 島地保武
音楽・演奏 藤元高輝(gt.)


3.「Butterfly」
五月女遥&渡邊拓朗
構成・演出 平山素子
振付 平山素子&中川 賢
音楽 マイケル・ナイマン、落合敏行


4.「極地の空」
出演・振付 加賀谷 香&吉﨑裕哉
音楽・演奏 坂出雅海


5.「Let's Do It!」
出演・振付 山田うん&川合ロン
音楽 ルイ・アームストロング ほか


6.「A Picture of You Falling」より
湯浅永麻&小㞍健太
振付 クリスタル・パイト
音楽 オーウェン・ベルトン

 

キャリアも方向性も様々な6組6作品のコンテンポラリーダンス。ほんと幅が広くて、これという目当てなく観に行ったとしても気に入るのがありそうよね。

 

今回一番見たかったのが最後のクリスタル・パイト。そもそもこれがあるからチケット買ったのだ。めっちゃパイトでかっこよかった!ピンと張り詰めた感じや、人間らしさ、立ち昇る内面。ステキ。これは完全に好みの問題なので他の作品がどうこうということではないのだけど、湯浅さん小尻さんという素晴らしいダンサーを得て、リアルパイトが目の前にあるというのが最高だった。しあわせじゃないですか、今、日本でパイト作品が見られるなんて。もっと見ていたかった。

この、言葉を使うところはわりと最近見たパリオペラ座での「Body & Soul」があったけど、NDT日本公演で見た「The Statement」も思い出したりして。

 

そしてもうひとつ、五月女遥&渡邊拓朗による「Butterfly」も目を離せなかった。予習が足りなくてどなたが踊ったのか後から確認したのだけど、新国のダンサーだったのかと正直驚いた。これほど濃密なコンテを踊るイメージがなかったので(完全に私の勉強不足ゆえですが)。そうなのよ、コンテで見たいのってこういうのなのよ、と。言葉にならない、なんと表現したらいいのかわからない感情というのが人間にはあって、言語化できないものは存在しないのではなく、あるのだよ、と。

ダブルキャストだったので、こうなるともう一組も気になるよね。全然違いそうな気がする。

 

 

こうやって一度に様々なタイプのダンスを観られるというのはいい機会ね。自分との対話の時間でもある(笑)。好きなのは好きで夢中になればそれで幸せだし、好みでないものがあったとき、なんで好きじゃないのか、何が気になるのか、それは自分の先入観や偏見から来るものなのだろうか、などとずーっと考えている。

 

でね、また新国ダンサーの表現の話をしてしまうと、やっぱり気になってしまったんだよね。3は凄いと思うのに1はピンとこない、その理由はなんだろうかと。1のような作品は、こう言ってはなんだがよくあるタイプな気もしていて(偉そうにすいません)、それが私のスイッチを鈍らせているかもしれないのだけど、「感情表現しています!!」という風に見えてしまうというか…。そんなにがんばって表情作らなくてもいいと思うんだけど…。私が見慣れていないだけなのかなあ。

 

というようにいろいろ考える機会になるのが、舞台を観る楽しみのひとつでもある。

追加発売によって観に行けてよかった。(密は気になる)

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