アートなしには生きられない

バレエ、ダンス、クラシック音楽、美術館などシンガポール・東京でのアート体験を中心に。

La nuit du 12(12日の殺人)

2022年のセザール賞を獲っているという本作。

12th-movie.com

 

救いがない。若い女性被害者クララと、次々に浮かび上がる怪しい男性ら。

クララの親友ナニーが、捜査の指揮を執るヨアンから受ける質問に涙する場面がある。クララは悪いことはしていないのに、まるで彼女に責任があるかのようだと。

警察だけでなく”世間”も、被害者に落ち度があったのだと思いたがる。特に被害者が女性だった場合は。

 

誰が殺したのかという犯人捜しの面と、犯人を探し出し捕まえようとする”正義”の側の人間の人間臭さの面。なかなか犯人に辿り着けないことに追い詰められたり、プライベートで問題を抱えていたり、捜査に先入観や偏見があったり。現実もきっとそうなんだろうな…と思わされる。捜査員は完全無欠の集団ではなく、それぞれに弱い面を持ち、正義感があり、同時に偏見もある。人間とはこういうものなんだろう。だからこそチームや組織である必要があって、互いに影響や監視を交換しながら、難題にあたっていく。そしてそこが男ばかりというのは、やっぱりよくない偏りであると、本作では明確に言っていると思う。

 

未解決のまま3年が経ち、再捜査を命じるのは新たな女性の判事。そして事件当時にはいなかった女性刑事もチームに加わっていた。その女性刑事が、男が罪を犯し、男が捕まえる、男の世界。といったことをつぶやく。まったくほんとにその通りだ。まったく。

そして未解決のままになった事件をトラウマのように抱えているヨアンも、容疑者となった男たちの誰もが犯人足り得るし、関わった男たちみんな犯人であり、なんなら関わってない男もみな加害者であると言った。(正確なセリフではない)あのヨアンの悟ったような、諦めたような表情。無力感。

 

この映画の参考になった実際の事件も、この映画も、未解決のままだ。フランス国内でのDVで多くの女性が殺されているというニュースを見たこともある。

どうしたらこういう犯罪を防げるのか、犯罪者を生まないために何かできることはないのか、大事な人をあんな悲惨な形で失った人たちの痛みはどれほどのことか。

そう考えると同時に、きっと不可能なんだろうとも思い、暗い気持ちになる。

 

Anatomie d'une chute(落下の解剖学)

久しぶりの映画。

ジュスティーヌ・トリエ監督作、これ去年のカンヌのパルムドール受賞作だったのね。

gaga.ne.jp

 

人里離れた雪山の山荘で、男が転落死した。
はじめは事故と思われたが、
次第にベストセラー作家である
妻サンドラに殺人容疑が向けられる。
現場に居合わせたのは、
視覚障がいのある11歳の息子だけ。
証人や検事により、夫婦の秘密や嘘が暴露され、
登場人物の数だけ<真実>が現れるが──。

 

うまく作られてる。最初の場面ですでにちょっとイライラさせられるのよね、爆音の音楽と話題をずらし続けられる会話によって。サンドラに対して負の印象から入り、彼女が夫を殺したのでは?と疑う側の目線に自然と立たされるような。

 

サンドラはドイツ人で、夫はフランス人で、夫婦間の会話は英語。住んでいるのはフランス。ロンドンから引っ越してきた。視覚に障害のある息子ダニエルがいる。

 

自宅山荘の3階から落ちて死んだ夫の死因は、事故なのか自殺なのか殺人なのか、サンドラが被告となった裁判の法廷でのやりとりが多く描かれる。

事件の捜査、その後の裁判における様々な証言によって、サンドラたちの”リアル”が公の場にさらされていく。

 

サンドラはよくあるいわゆる”女性らしさ”で他人から好印象を得ようとしたり、泣き叫んでみたり泣き落としを試みたりするタイプではない。さらに、不倫していたことなどで”正しい母親像”からも遠い。それゆえに、もし実在したら、きっと世間から有罪扱いをされるんじゃないかと思う。(例:ワイドショーにおいて同情を誘うタイプからほど遠い)さらにサンドラの場合、外国人がフランスで裁かれるという不利もある。

 

そして終盤に法廷で流される、事件前日の夫婦喧嘩の録音音声。ここで語られている内容というのは、あれを聞いたらもう、私からしたら夫は自殺一択である。妻があの夫を殺す動機がない。サンドラの直球が刺さりまくってしまった結果だ。(全く同情しないが)

 

あの場面で夫が妻に投げる言葉の根底にあるのは、「なんで男の俺が」「俺は男なのに妻の方が仕事で成功しているのは納得がいかない」みたいな、そういうゆがんだ被害者意識だし、監督は意図的にそれを描いたと思う。夫の仕事のために妻が自分の仕事ややりたいことを諦めるだとか、妻の方が子供や家の世話に大半の時間を費やす、なんていうのは「当たり前」として受けとめられていて、それゆえに、男性は逆の立場になった自分を受け入れるのが難しい。たぶん、夫婦が仮に完全に半々だとしても(半々の判断もその実現も超難題だけど)、男性側からすると「自分が譲っている」になるんだろう。ほんとは8:2とか7:3であっていいはずなのに!という。

 

夫が妻に求めるもの、妻が夫に求めるもの。夫婦の関係では何が”普通”で、そもそもなんで夫婦なのか。家庭内で求められる役割には今も男女差があるのが現実だし、それに沿うのが自然で当たり前で不満がない人もいれば、もしかしたらカップルの片方は不満かもしれない。子供とのかかわりや仕事や不倫など、同じことでも男女で重さや評価が違っている現実のことも描いている。

 

サンドラ役のサンドラ・ヒュラーが素晴らしい。サンドラがか弱く見えたり世間に媚びたりせずに、むしろ反感を抱かせるような演技ができるというのは強い。そして現代的だ。最後まで自分らしくいてくれてほんとよかった。さらに息子ダニエルと愛犬スヌープ!すごい。どうやって演じてるの!

 

アカデミー賞にノミネートされてるらしい。どうなるだろね。

 

はあ、おっきいワンコと暮らすのいいなあ。(そこか)

 

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パリ・オペラ座バレエ団来日公演2024、その余韻

パリオペが東京にいた2週間、濃厚だった…そして祭りの後の寂しさ。脳内ではマノンの黒ドレスのワルツがぐるぐる。

公演中に思ったことを覚えているうちにメモっておきたい。というのも今回コール・ド・バレエがとても良かったので。

 

ヌレエフ版の『白鳥の湖』は男性コールドの活躍の場面も多い。特に一幕はきっとめちゃくちゃハードで、あれを連日、時にはマチソワ踊るというのは相当に重労働なのではないかと想像。

今回の来日メンバー、おそらく若いダンサーも多くて名前と顔が一致しない人も多々いたのだけど、コールドの主要ポジションにはちゃんとベテランが配置されていて、あの男性群舞を引き締めていたと思う。ジョゼ監督の采配よね。

特にミリアムと同世代のシリル・ミリティリアン、彼はインスタでもよく見ていることもあって、1995年に初めて日本公演(学校公演かな)で来てからおそらく今回が最後になるだろうけど、たくさん観られてよかった。他にもフロリモン・ロリュー、ダニエル・ストークス、ファビアン・レヴェイヨン、ヤン・シャイユら。

バレエにおいてコールドの重要さというのが本当のよくわかる。複雑な振付や隊形をこなしながらあの舞台上の統一感。はんぱない。

あと踊っているアルチュール・ラヴォーを久しぶりに観られたこともよかった。エトワールを目指せる時期にケガをしてしまって、それ以来キャラクター的な配役も多く、ガンガン踊っている印象がなかった。今回は一幕のパ・ド・トロワ、三幕のスペインを踊ってたので、配役次第なのだな。『マノン』での看守も、ああいう役は若手には難しい。

若手だと、おおあれがエンゾくんか、と目を引くものがあったけど、どこかで読んだけど、ジョゼ監督からはもうちょっと真面目にやるようにと言われたようで(AROPの受賞の時かな?)、持って生まれた恵まれた身体や才能を活かすための継続的な努力が課題なのだろうな。他の人ほど努力しなくてもある程度できてしまう人というのはいて、そしてそれでいいと思ったらそこで終わりなんだよね。性格も大事。

 

女性のコールドは白鳥でその実力と迫力を存分に見せてくれた!あれだけのまとまりと、連日気合の入ったやっつけでないコールドというのはなかなかないのでは。(私がロシア系に冷めてしまうのは「仕事ですから」がめっちゃ出てるからというのもある)

白鳥たちの中でも目立っていたのがカン・ホヒョン。美しいラインと音楽性でつい目が行ってしまう吸引力がある。カミーユ・ボン、ビアンカ・スクダモア、オーバーヌ・フィルベールあたりが並ぶと、個々の良さ美しさに加えて、集団としての強さ野心みたいなものが見える気がした。白鳥としても、ダンサーとしても。それぞれが主役を踊ってももおかしくないレベルだもんね。そりゃ迫力も出るというもの。

そして24羽の白鳥の、ちゃんと一人ひとりが人間であった感のある踊りというのが、私はとても好きだ。ちゃんと内に秘めた物語があるというか。怨念があるというか。

白鳥のコールドって、やもするとマスゲーム的な統一感を目指してそうなバレエ団や、それを”揃ってる”と褒める観客という図があると思うのだが、何度も書いてることだけど、ミリ単位で揃えることにまーーーたく価値を感じない私が求めているのは今回のパリオペ白鳥のようなコールドである。

あれをやるには、まず、ダンサーひとりひとりがちゃんと大人でなければならない。今回のパリオペメンバー、若いダンサーもいたと思うけど、幼さ未熟さを”魅力”とするような人はいなかったはず。実年齢の問題じゃないんですよ。そしてメソッドとしての統一感、同じ音楽を聴いて同じ呼吸で踊る。よく見ればダンサーらの身体条件はそれぞれ結構違うし、骨格も髪の色も様々よね。しかし生まれる統一感がどこからきているのか。そして日本のカンパニーはコールドバレエに何を求めているのか。考えなければいけないテーマなのでは。

 

これすごく難しい話なのはわかっていて、フランスという国に雇われているパリオペダンサーの社会的地位と、アルバイトしながらチケットノルマも抱えつつ舞台に立つ日本の多くのダンサーを同じ基準で評価できるのかという話でもあるし、未熟さや幼さが”魅力”とされたりそれを防御手段として使うのが処世術であったりもする社会で生きている人と、そうではない社会で生きている人の違いであったり、舞台芸術をとりまく環境の違いであったり、単にカンパニーやダンサーのレベルでどうにかできることでなかったりするので、変われるかというと、無理なのかもしれない。社会の問題でもある。集団のために個を犠牲にすることを美談にしがちだとか、そういった社会の持つ認識の違いなども。

で、私はたまたまパリオペから見始めてパリオペが基準だけど、日本のカンパニーが好きでその個性を気に入っている人もいるだろう。

ただそういう様々な要素によって、白鳥のコールドやマノンの娼館での差が出るのだと私は考えている。また、マノンという役の女性像にも影響は大きいだろう。(新国で観たときの衝撃。。)

 

それにしても前回来日からのこの4年でずいぶんパリオペのダンサーも多彩になった。白鳥の主役をアジア人のパクさんが2公演も務めたなんて、きっと10年前だったら信じられないことだっただろう。新エトワールのギヨームくんは黒人初のエトワールと言われているけど、パクさんもギヨームもその実力で文句を言わせない。ちゃんと実力で評価されている、ということがカンパニーとしても重要だと思う。そして観客側も、ダンサーの踊りの素晴らしさをちゃんと観て行こう。

 

思い付きだけど、コールドが良かったのってプルミエ/プルミエールへの昇進がコンクールではなく任命制になってるのもあったりするかな。スジェのクラスが一番多忙な気がするのだが、コールドの主力だから毎日踊らなきゃいけないし、その中でソリストの準備もする。日々の準備と舞台をジョゼ監督が観ていてそれを根拠に昇進させるのだから、きっと気合も入ることだろう。今回の白鳥コールドではそういういい意味での緊張感がよい効果になっていたのかもしれない。

 

いいパフォーマンスを、ちゃんとわかってくれている観客だ、というのはこの先もパリオペが来日してくれるかどうかに大きな影響があるだろう。日本が相対的に貧乏になってきているのでチケット代は高くなる(日本人にとっては高く感じられる)し、好条件を提示したアジアの他国がでてきたらそっちに行く方がいいやって思われてしまうかもしれない。

今回、一番安いカテゴリでも1万円だったと思うのだけど、これは高すぎるよねえ。1階全部がS席というのも設定がおかしいし。1階席の中で3段階くらいカテゴリ作っていいいと思うし、最良席はプレミアシートとして高値をつけていいと思う。その代わり、見切れるところは安く、遠ければ安く、としてほしい。

若い人、初めて観てみようと思う人が買える値段でないと、バレエ観客の高齢化でいずれ減っていくので…。

 

そして今年は世界バレエフェスティバルもある。私は今回のパリオペにだいぶ資金を投入してしまったので、他はいいかなあという気分。そもそもお値段でびっくりしたよね!ガラ36000円!

パリオペのチケットを買う人も、バレエフェスのチケットを買う人も、ほぼ同じ人だと思うのよ…大変だよ…。祭典会員なのでAB1回ずつは観に行くけども。そしてパリオペからの出演者も、いまのところあまり惹かれておらず。。マチアス呼ぶならミリアムも呼んでよ。。

そういえば最終日にミリアムにだけ花束を渡していたのはもうすぐアデューだからということだったんだろうか。

 

やっぱりパリオペ好きだー!というのと、パリオペのような世界最高峰を観る機会というのが今後国内では減っていってしまうんだろうなという憂いと。バレエを観て思うことはさまざま。

 

パリ・オペラ座バレエ団来日公演2024『マノン』2/18(マチネ/ソワレ)

とうとう来てしまったパリオペ来日公演最終日。

 

2024年2月18日13時30分

マノン  リュドミラ・パリエロ
デ・グリュー  マルク・モロー
レスコー、マノンの兄  フランチェスコ・ムーラ
レスコーの愛人  シルヴィア・サン=マルタン
ムッシューG.M.  フロリモン・ロリュー
マダム  ロール=アデライド・ブコー

 

いやはや。リュドミラもマルク・モローも素晴らしくて。エトワールって本当に、みんなそれぞれがそれぞれに芸術家。

 

リュドミラの美脚はマノンにぴったり。マノンの美しい脚に魅せられ執着するムッシュGMという振付も大納得である。全身から発せられる音、完璧な足先、知的で賢いマノン。

対するマルクモローのデ・グリューは端正でいかにも神学生な雰囲気で、でもマノンに対してはめちゃくちゃ熱い。

この世の中を生きていくにはお金が必要だと身に染みてわかっているマノンと、お金なんかより愛だけが大事だと猛進するデ・グリュー。そこが不幸の始まり。。。

 

一幕の寝室の多幸感と、同時に冷静さを感じさせるリュドミラマノン。兄レスコーとのやりとりもどこか自然。

そういえばこの回だけの配役だったフランチェスコとシルヴィア、とてもよかった。他の回では感じられなかった自然さや存在感があった。1回だけだったの本当に残念だ。もっと観たかった。

 

二幕のリュドミラ圧巻で、黒ドレスのソロからあの男たちの間を浮遊していく流れ、素晴らしかったなあ!身体で語る、全身で音楽を語る、その身体性と音楽性、技術的な確かさなどが見事に調和して、あの場面になる。うぅぅ、泣く。

 

沼地のPDDはひたすら泣いた。なんというドラマ。

 

今回の配役、ムッシュGMにフロリモン、看守にラヴォーくん、兄にフランチェスコ、愛人にシルヴィアととてもよくて、どうしてこの組み合わせもっと出さなかったのかと不思議。兄レスコーが大事なのはもちろんだけど、まわりも大事。

 

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波立ちまくった心をなだめつつ、ソワレへ。

 

2024年2月18日18時30分

マノン  ミリアム・ウルド=ブラーム
デ・グリュー  マチュー・ガニオ
レスコー、マノンの兄  アンドレア・サリ
レスコーの愛人  エロイーズ・ブルドン
ムッシューG.M.  フロリモン・ロリュー
マダム  ロール=アデライド・ブコー

 

さて。なんと言ったらいいものか。アデューを間近に控えたミリアムと、ほぼ同世代のマチューによる、フレンチスタイルによる『マノン』完成版の一つの形。

おそらくコンディションは万全とはいかなかっただろう。しかしマクミランの演劇バレエをパリオペがやるとこうなりますという姿に、なんとも胸がいっぱいになった。

ふたりとも最後の『マノン』を日本で踊ってくれてありがとう。ひとかけらたりとも忘れたくない。(思い出してまたジーンとしている)

 

一般論として、マノンを”ファム・ファタール”だという言い方、私は好きじゃない。だって結局原作にしたって当時の時代背景にしたって、マノンに勝手に価値を見出してちやほやしてるのは男たちだ。あの時代のあの状況で、「愛か金か」を男が女に迫るなんて勝手にも程がある。勝手に魅惑されておいて「ファム・ファタールだ!」はないだろう。

そしてあからさまな階級社会であって、乞食か娼婦になるしか生きられない人たちがいた。それでも強く生きていた。しかしそれも権力者の一存によって簡単に破壊されてしまう。それがバレエ『マノン』でも描かれている。

 

ミリアムマノンとマチューデグリュー。若くて美しい二人が出会ってしまったこと自体が不幸の始まりだったのだ。とにかくマチューが美しすぎる。あんな目で訴えられたら抗えない。ミリアムの無垢な16歳マノン、その純粋さゆえに、後の不幸を思って胸が痛んでしまう。あまりにも幸せな時間、幸せすぎるがゆえに壊れやすい。

 

二幕、男たちの間を浮遊するマノン。心を無にしているように見えた。この場にいる自分はもはやかつての自分ではない。デ・グリューと出会ったときの自分とは別人なのだ。そう思わなければこの場にはいられない。

その周りを所在なげに、マノンを見つめながら歩き回るデ・グリュー。一幕寝室のPDDでの幸せの最高潮から一転して裏切られたのだからかわいそうではあるんだけど、もしも、もしもデ・グリューがもっと世間を知っていて、あんなゴージャスな宝石やドレスは自分には手に入れられないと身を引いたら、その後のそれぞれの人生どうなってただろう。もちろん、マノンが生き延びたとしてそれがどんな暮らしだったかどうかはわからないが。

 

マチューの、あの怒りと悲しみを湛えた目というのは、これはもう本当に、雄弁で唯一無二の美しさで説得力があって、それゆえにマノンは不幸になってしまう。なんて罪な男なんだマチューデグリュー…。

 

三幕PDDはあまりにも辛く、マノンの命だけでなく公演の終わりが近づいていることにも胸が痛く、生の舞台とはなんと儚いものかと悲しくなった。キャリアの終わりを迎えようとしているミリアムとマチューによる渾身の舞台。ベテランダンサーたちの生き様が現れた舞台に、私はとても弱い。

 

兄レスコーは若手サリが粗野でがさつな感じのレスコーを演じていたが、ここはもうちょっとよい配役があったのではないか。彼には彼の良さがあるとは思うけど。ミリアムにはミュラの方が合ったりしない?そしてパブロが一回で降りてしまったので、パブロでも観たかったな。

愛人のシルヴィアの、ムッシュGMに対するあの踊り方がとても好きで、いつもなんとなく気を抜いて観てる愛人の踊りなんだけど、シルヴィアの回は魅力的だった。(ロクサーヌのは観ていない)

 

実は今回ドロテ・ユーゴ組というファーストキャストを観なかった。私はこれまでどうしてもドロテのこれみよがし感というか、なんか気になっちゃってダメなのよね。ユーゴと組むことが多すぎてそれも気になるし。感想を見るととても良かったみたいなので、見比べたかったような気がしないでもないけど。でもまあ、これまでの入り込めなかった自分を知っているので、今のところ後悔はしてない。

 

ミリアムだけでなく、ドロテもリュドミラもアデューが遠くないので、3人ともこれがきっと最後のマノンだったはず。マチューもきっと最後のデ・グリューだったよね。

 

今回の来日公演、白鳥4回、マノン3回、計7回観た。前回は6回だったので最多更新してしまった。しかも今回は今までより良席にこだわったので出費も最多更新してしまった!後悔はない!

 

ヌレエフ版『白鳥の湖』とマクミランの『マノン』を続けて観て、パリオペのダンサーたちの能力の高さを再確認したし、今回はキャストもいろんなダンサーを配置してくれて、初めて見るダンサーも多かったし、コールドの若手も認識できた。

 

そして作品でいうなら、やっぱりヌレエフ白鳥最高だなーってなったし、やっぱり『マノン』はあんまり好きじゃないかも…となった。

あらためてヌレエフ版白鳥の構成のち密さや複雑さ、難易度の高さを確認し、そしてそれを踊りこなすパリオペのダンサーたちのレベルの高さを見せてくれた。とても満足。

それに比べると『マノン』は、ダンサーたちの演劇的要素がたくさん見られる一方で、踊りに関しては特にコールドは割と単純というか、主役のリフトなど見せ場はあるけども、全体としては雰囲気重視というか、まあそれも魅力ではあるけどね。そして舞台がフランスものをやらせたらパリオペは格別というのもあらためて見せてくれた。

 

日常生活に戻るにはまだちょっと時間がかかりそうだけど、マノンと共にルイジアナの沼で息絶えた我々、がんばって生きていこうね(笑)

 

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パリ・オペラ座バレエ団来日公演2024『マノン』2/17(マチネ)

待ってたよーー!!

 

2024年2月17日13時30分

マノン  ミリアム・ウルド=ブラーム
デ・グリュー  マチュー・ガニオ
レスコー、マノンの兄  アンドレア・サリ
レスコーの愛人  エロイーズ・ブルドン
ムッシューG.M.  フロリモン・ロリュー
マダム  ロール=アデライド・ブコー

パリ・オペラ座バレエ団2024年日本公演 「マノン」 2月17日(土)マチネのキャスト

 

ミリアムを全幕で観られる至福。しかも相手はマチュー。そして作品は『マノン』。

なんと胸に迫る物語だったことか。沼地のPDDの美しく残酷なラスト。泣く。

 

今日はもうマチューとミリアムばかり追ってしまったので、周りのことはあまり見えてない。マチューがあまりの貴公子っぷりで、神学生のはずだけど、あのマチューと出会ってしまった16歳のマノンが好きにならないわけがないのよ。みんな目がハートになっちゃうよあれは。(マチューのアラベスクに目がハートになった私)

若い二人が恋に落ちて幸せいっぱいで、一番楽しい時だよね!ってなるのにね。。

 

今回のムッシュGMはすらりと長身のノーブル系(フロリモン)で、お金だけが魅力じゃなさそうに見えるところがまたおもしろい。そんなに嫌な奴じゃなさそう。で、マノンは自分の魅力がなぜかめちゃくちゃ価値があるらしいと気づいていく。

いや実際あの美しい脚にはメロメロになるよな…。

 

ミリアムとマチューのペアは、ふたりともベテランだし身体能力やスピード感やリフトの高さなどで魅せるタイプではない。それがマクミラン作品をあえてパリオペがやる魅力になっている。絶対にロイヤルでは見られない、パリだからこその『マノン』。感情を繊細な腕や首や背中や脚で表す。わかりやすい表情などは不要なのだ。その”美学”に心動かされるのだよな…はあ…溜息ばっかりついちゃう。

 

二幕のあの、マノンが男たちの間を浮遊するところ、観客席がめっちゃ集中して観ていて、拍手するのも忘れるほど。全体的に今日はみんな呼吸を忘れて見入るような感じがあった気がする。のめりこみすぎて拍手のタイミングを逸する、みたいな。(私のこと)

 

今日はミリアムとマチューの様子をオペラグラスで凝視しがちだった。明日はもう少し広く観ようと思う。

 

三幕は話が酷過ぎるので苦手なんだが、二人が最後に向かうにつれ、息を詰めてミリアムの命が尽きるのを見守ったかのよう。いやいやいやもう、本当に、胸をガシッと掴まれて揺さぶられた。。もうだめだ。。。

 

なぜマノンはあんな最後を迎えなければならなかったんだろう。マノンはどうしたら幸せになれたんだろう。マノン、全然悪くない。

 

現代の私たちが今『マノン』を見るとき、昔は悲惨だったねえみたいなことではなくて、より自分たちのこととして思ったり考えたりしたいのよね。わざわざこんな酷い話を観るのだから。

 

ちょっといったん頭と体を休めよう。明日に備えます。

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パリ・オペラ座バレエ団来日公演2024『白鳥の湖』2/11

最終日、行ってきた。

2月11日(日)13:30
オデット/オディール:パク・セウン 
ジークフリート王子:ジェレミー=ルー・ケール
ロットバルト:ジャック・ガストフ

 

パリ・オペラ座バレエ団2024年日本公演 「白鳥の湖」 2月11日(日)のキャスト/What's New/NBS日本舞台芸術振興会

 

降板したアマンディーヌに代わってパクさんが2度目の登場。王子はプルミエのジェレミー=ルー・ケール。

 

ジェレミーの役作りはちょっと面白い。一幕では彼がどういう王子なのか探りつつ観ていたのだけど、何にも考えてない系かな?となった後、なるほど王子辞めたいのね?となった。彼は良くも悪くも”普通”の人間で、なんで自分はこんな身分に生まれてしまったのだろう、みんなと一緒に踊りたいのに、みたいな。家庭教師との関係も怪しさはなく、監視されているから怯えている。将来王様にもなりたくないし結婚もしたくない。城の外に逃げたい。

 

パクさんの白鳥は今日も美しく、腕も脚も本当に見惚れるレベル。パクさん、ヴァランティーヌ、ハナさんと観てきて2度目のパクさん、やっぱり凄かったし、彼女が外部からパリオペに入りフレンチスタイルを身に着けてエトワールまで登りつめたその努力と才能!素晴らしい。

 

王子と白鳥のやり取りはポールマルクの時とまた違っていて、ダンサーによってこんなに変わるのねえと改めて。若干物足りなく感じたけど、しかしジェレミーにとっては、ポールマルク、ギヨームくん、ジェルマン王子と充実のエトワールたちと比較されることになり、なかなか大変だよね。(観客みんながリピーターではないけども)

ちょいちょい気になる点もあり、ほんとバレエって細かいことの積み重ねや突き詰めることで舞台というのは出来上がっているのだよね。

 

ジャックのロットバルト、ソロとてもよかったなあ。ジャックは一幕最初から不穏な雰囲気を漂わせていてあからさまに王子を操るようなところはなさそうなんだけど、威圧的な空気を漂わせてるからもう、抗えないのよね、結末も見えているのよ。

 

今回の三人のロットバルト、それぞれ全然違うタイプでおもしろかった。私はトマのがタイプかな。美しく冷酷な悪魔系。

 

パクさんはオデットとオディールをわかりやすく演じ分けるのではなく、ある意味で同じように踊っているようにも見える。というのも、王子を騙すにはオデットに似ている必要があるわけで、見るからに別人でしょ!って演じ分けちゃったら話がおかしくなるんだよね、本来は。私が一回目のパクさんの黒鳥で超感動したのは、キャラの演じわけではなく、不純物を取り除いてめちゃくちゃピュアな身体表現のみでオディールを表現しているところにだったのかもしれない。

 

そしてジェレミー王子の、騙されたことが最初は受け入れられず棒立ちになるところ、そしてその後の表現などは、この人はやはり生まれながらの王子というより”普通に生きたい”人なんだなと。

四幕のロットバトルとのバトルも、王子である身分など忘れ、ただの人になってロットバルトに立ち向かい、そして負けた。という風に解釈した。

 

しかし日本ツアーの白鳥の王子にプルミエのジェレミーを配役したのは、どういう意図があったんですかね監督。(ノミネあったらどうしようかと思った)

 

ソリストコールドバレエのことももっとたくさん書きたいんだけど、3日間で4公演、脳が疲れているのでまた思い出しつつ追記しようと思う。

 

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パリ・オペラ座バレエ団来日公演2024『白鳥の湖』2/10(マチネ/ソワレ)

2024年のパリオペ来日公演『白鳥の湖』、本日はマチソワ。

 

2月10日(土)13:30
オデット/オディール:ヴァランティーヌ・コラサント
ジークフリート王子:ギヨーム・ディオップ
ロットバルト:アントニオ・コンフォルティ

パリ・オペラ座バレエ団2024年日本公演 「白鳥の湖」 2月10日(土)マチネのキャスト

 

マチネの注目はもちろん新エトワールのディオップくん。なんという逸材!これは大抜擢も納得!

まずとにかく美しい身体条件。長く細くまっすぐな脚。ひざ下何センチあるんでしょうか。まだ若く線が細いので、その長い手足を持て余すかのようでもある。しかしまあよくぞバレエをやってくれました、そして育ててくれましたよね。

大人になることを求められ悩める少年王子を地でいくかのよう。今のこの年齢だからこその王子像。ソロはもう完璧なのだ。柔らかく美しいアームス、見事なジャンプ、長い脚が正確なポジションで柔らかく美しくなめらかに語る。逸材!こういうダンサーが登場するのだよね…(溜息)

一方で、踊りと踊りの間の時間、例えば歩いて移動するときなどに王子ではなく素を感じることがあった。パートナーシップであったり、ケミストリーであったり、舞台を最初から最後まで繋がったひとつの物語にするところまでには、まだ成長と経験が必要なんだろう。これからが楽しみである。

 

そしてヴァランティーヌの白鳥は安心安定のオペラ座スタイルで、ヴァランティーヌ自身にテクニックがあって脚が強くても、余計なことはしない、やりすぎない。すべては踊りで語るのだ。素敵。そういえばインスタで見たのだと思うけどヴァランティーヌのコーチはアニエスだったよね。私の好みであるはずだ。

 

で、白鳥は上からも観たかったのでこの回は4階正面を取ったのだけど、コールドバレエの美しさを堪能した!特に2幕4幕の白鳥たちのコールドは上から観るの本当におすすめ。あの複雑なフォーメーションの変化、魂を共有しているかのような動き、4階から見下ろしているとほんとによくわかって、あのレベルのダンサーたちがこの人数揃っていて、あのクオリティで毎回踊るって、すさまじいよな。

1幕の男性コールドの踊りまくりの場面も大好きで、あそこも本当に複雑な構成になっている。2/9は舞台に近い距離からコールドの内部をのぞき込むかのような、そしてこの回は遠目からヌレエフの考えたコールドの理想形みたいなものを見た。

コールドであっても振付はヌレエフの鬼振付なので、ダンサーたちは疲労していると思うけど、パリオペの底力を見せてくれている。

 

そしてソワレ。こちらのチケットは二次販売で追加したもの。2階正面から。

2月10日(土)18:30
オデット/オディール:オニール八菜
ジークフリート王子:ジェルマン・ルーヴェ
ロットバルト:トマ・ドキール

パリ・オペラ座バレエ団2024年日本公演 「白鳥の湖」 2月10日(土)ソワレのキャスト

 

最初はこのキャスト取ってなかったのよね。(理由は割愛)

しかしこちらのジェルマンのインタビューを読んで、やっぱりジェルマン王子も観たいかも…と思っていたところ、二次販売で良席を押さえることができて。

balletchannel.jp

 

「僕と一緒に、物語の世界を生きてほしい」ですよ!?

そう言われたら、ねえ。そして実際に、ジェルマンの王子はまさしく”王子の物語”であり、”王子と家庭教師ヴォルフガングの物語”であり、ヌレエフ版ならではの様々な妄想が可能な素晴らしい出来だった。

ポール・マルク、ギヨーム・ディオップと若いエトワールが素晴らしいパフォーマンスを見せる中、ジェルマンがどんな王子を見せてくれるのか。

いやー、舞台と物語を導く力、これが経験と成熟なのだろうか。ジェルマンは舞台上で常に王子として生きており、ただ立っていても、ただ歩いていても、王子が何を考えているか、なぜそうしているのかが伝わる。すべて理由があってそうなっているのだと思える。空白になる”つなぎ”がないのだ。

ポールマルクやディオップくんがジャンプで拍手をもらうなら、私はジェルマンのプレパレーションに拍手したいくらいだよ!ああそのアームスきれい(拍手)、タンデュがきれい(拍手)みたいな感じだよ私の脳内は(笑)

 

そしてトマ・ドキールがよかった!一幕の王子との視線の交わし方、王子を翻弄する態度、冷たい笑み、めっちゃ好みだった!これはジェルマンとトマで作り上げたものだろうけど。ジェルマン王子が好きなのは家庭教師ヴォルフガングで、王子は彼に気にいられたいのにままならない。思い通りにならず悩み傷つき、周りからは結婚を迫られる。ジェルマン王子かわいそう…。(悲劇のジェルマン大好き)

 

なので二幕で出会うオデットとは、中身の人間にではなく美しい白鳥という生き物に惹かれた気がする。人間ではなく白鳥。美しい生き物に出会い現実を忘れることができた。

 

もう私の中ではジェルマンとトマの物語で、3回目ということもあって2人に集中して観られた。三幕の不敵なトマよ!いいわあ、もっとやっていいよ(笑)。あとロットバルトにはマントをバッサーとやってほしいのだけど、トマは見事にバッサーとやってた。脚がきれいなのでジェルマンと対峙してもいいよね。だから組ませてるのかもしれないけど。

最後、王子とロットバルトのバトル、横たわる王子を踏み越えて行くロットバルトが最後に冷酷な笑顔を見せて本当に良かった!(壊)

悲惨な最後が似合いすぎるのよジェルマン王子…ありがとう……観に行ってよかった!!

 

ハナさんの白鳥は思ってたよりはよかったかも。私の好みではないけども。

ジェルマンの相手には同じくフレンチスタイルを体現するダンサーで観たいのよねえ。

 

しかし、やはりマチソワは疲れるね。脳が疲れて大変。

明日はもう白鳥最終日。ちゃんと寝なくては。

 

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パリ・オペラ座バレエ団来日公演2024『白鳥の湖』2/9

心待ちにしていたパリオペラ座バレエ団来日公演!!!

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ダンサーの皆さんが来日するなり元気におでかけしまくってて、雪で転んだりしないでねなどと勝手に心配したりもしたけど、無用だった。素晴らしかった。

 

2月9日(金)18:30
オデット/オディール:パク・セウン
ジークフリート王子:ポール・マルク
ロットバルト:ジャック・ガストフ

 

私にとっての初日。オケが鳴った瞬間からもうだめだった。ポール・マルクの踊りは柔らかく美しく丁寧で、無駄がなく正確でテクニックもあり、ヌレエフ版の難しさを一切感じさせない。いやはや。ポール王子は悩める王子というより苦しむ子供のようで、家庭教師に言われるがまま操られている感じ。誰か助けてあげてー(涙)

 

そして出会うパクさんのオデット。強くて美しくて、白鳥の女王!圧倒的に女王!そして意外にも情熱的でもある。あの強くて美しい脚!語る脚、語るアームス。いやあ、納得のエトワールの存在感。ポールマルクとのコンビはさすがである。なんと美しいペア。

 

パリオペの白鳥はパリでも東京でも何度も観ている作品なのだけど、今日の席は今までにない距離と角度で、ダンサーたちの人間味というか、ダンサーがさまざまな生身の人間の集団であるというのが感じられて、新鮮な気持ちで観た。コールドのフォーメーションの美しさや変化の複雑さなどを見るには向かないのだけど、ダンサーを間近に感じられて新たな経験。フォーメーションなどは明日以降、堪能するね。

 

パクさんのオディールがカッコよくてさあ!”悪女”とかではなくて、カッコいいの!あの強い脚が語るので、妖艶にとか悪女っぽくとかそういう演技をする必要がない。強くてカッコよくて美しいオディールに落ちるしかなかったのよポール王子…かわいそうに…。

 

それで四幕になると、オデットは王子の裏切りによってめっちゃ弱り儚くて、あれほど二幕と四幕のオデットが違って見えたの初めてかもしれない。二幕のあの白鳥の女王を、こんなにも傷つけ弱らせてしまった、もう王子にはそれを償うことはできないのよ…。はぁぁ、苦しく切ない。

 

ロットバルトのジャック・ガストフも含め、もちろんコールドバレエも含め、素晴らしい舞台だった。来日公演ありがとう。明日からも楽しみすぎる。

 

パリ・オペラ座バレエ団2024年日本公演 「白鳥の湖」 2月9日(金)のキャスト/What's New/NBS日本舞台芸術振興会

 

 

まもなくパリオペラ座バレエ団来日公演

なかなか更新できず書きそびれた作品がいくつかあるけど、過去は割り切って未来について書こう(笑)

まもなく、パリオペラ座バレエ団日本公演、開幕。

www.nbs.or.jp


2月8日(木)18:30
オデット/オディール:オニール八菜
ジークフリート王子:ジェルマン・ルーヴェ
ロットバルト:トマ・ドキール

2月9日(金)18:30
オデット/オディール:パク・セウン
ジークフリート王子:ポール・マルク
ロットバルト:ジャック・ガストフ

2月10日(土)13:30
オデット/オディール:ヴァランティーヌ・コラサント
ジークフリート王子:ギヨーム・ディオップ
ロットバルト:アントニオ・コンフォルティ

2月10日(土)18:30
オデット/オディール:オニール八菜
ジークフリート王子:ジェルマン・ルーヴェ
ロットバルト:トマ・ドキール

2月11日(日)13:30
オデット/オディール:パク・セウン *
ジークフリート王子:ジェレミー=ルー・ケール
ロットバルト:ジャック・ガストフ

 

オペラ座の皆さんも到着し、いよいよ近づいてきたんだなーとワクワク。

まず今週は『白鳥の湖』5公演。残念な知らせもあった。アマンディーヌが来ないー(涙)理由はわからないけど、ケガや病気ではなさそうなので、また次の機会を待つね。

アマンディーヌの代わりにパクさんが踊ることになり、元々パクさんとポールマルクの日のチケットを取っていた私は、二次販売で追加してしまったのであった…4回観に行きます…チケット代……(遠い目)

 

でもいいの!4年ぶりだから!!!

 

今年、バレエの祭典会員になっていまして、散々悩んだ末に第1希望はパク/マルクの日、第2希望をアマンディーヌ/ケールにし、白鳥は上からも観たかったのでヴァランティーヌ/ディオップの日は3階席を取っていた。

そこにアマンディーヌの変更があったため、パクさん2回見るのはいいのだけど、それならハナ/ジェルマンももしチケット取れたら追加しようかな、となり二次販売でゲットできてしまった。チケ取りスキルが衰えていなかった…。

 

今回初めて全幕主役で観る新エトワールのギヨーム・ディオップや、プルミエで抜擢されてるジェレミー・ルー・ケールも楽しみ。いや楽しみしかない。

今となってはどのキャストもそれぞれに楽しみ。男性コールドが踊りまくる1幕も大好きだし、2幕はもちろん見どころ多いし、言い始めてたらきりがないのでこのくらいにするけど、パリオペの『白鳥の湖』は私が一番回数観ている演目で、ある意味パリオペの洗礼を受けたともいえる作品。できればその他のソリストの配役も早く知りたい。

 

私の初日は2月9日です。健康第一。

 

そして来週は『マノン』、こちらについてはまた来週書こう。白鳥とマノン両方のことを考えるには私のキャパが足りない。とにかく『マノン』のキャストのみんな、元気に来日してね!祈願!特にミリアム!!!

 

ところで『白鳥の湖』のチケットは売り切れてるけど、『マノン』はまだ買える。

「迷っているなら買っておけ」

が私が過去の自分から学んだこと。過去の公演はお金では買えないの。その後悔の結果、今回の私は7回である。(これ以上はいけない)

 

パリオペの『マノン』はいい。マクミラン作品なので本家はロイヤルなんだろうが、原作の物語の舞台であるフランスのあの空気が当たり前に漂うのがパリオペであり、パリオペの魅力と説得力。衣装も素敵だし、舞台の隅々まで眼福。

ストーリーがあれなので小さい子供連れには悩ましいかもしれないけど、若い人がパリオペのあの世界を目の当たりにするのは超貴重な機会だと思うんだよね。満席になるといいなあ!

 

大雪警報が出ている今日の東京。ダンサーの皆さんどうかご無事で。

 

Vous n'aurez pas ma haine(ぼくは君たちを憎まないことにした)

パリであのテロがあったときの衝撃が自分の中で薄れていることに気づいた。

しかしあの最中にいた人たちにとっては、そう簡単には薄れたりしないだろう…。

nikiumanai.com

 

妻をバタクランで亡くしたアントワーヌ・レリスが書いた本が元になっている。妻が死んだのだとわかった後、息子と二人残されて、その心境をFacebookに書いた内容が世界中で話題になった。

テロ直後の衝撃の中で、街中がピリピリし過剰なまでに警戒感を持ち、イスラム教徒を敵視する空気が満ちている中で、「君たちを憎まない」と、遺族が世界に向けて表明する。そのインパクト。

 

しかしアントワーヌが犯人らを憎まないと決めても、怒りや悲しみが薄まるわけじゃないのよね。自分自身への宣言であり、母親を失った幼い息子のためにそうでなければならないと、そうありたいと願うこと、それと同時に、そうではいられない現実との狭間で傷つきまくるアントワーヌ。辛い。小さい子の親であっても、どうにも感情が抑えられない瞬間もある。状況がわからないくらい小さい子だからこそ、キツイこともある。

 

それにしてもあの子役との演技はどうやって撮影したのだろうかと、感心すると同時に心配にもなった。怒鳴ったりするのは大丈夫なんだろうか、とか。きっと万全にケアされているのだと思うけども。

 

そしてあの「人生を楽しむ」ことへのフランス人らの強さというのも、ほんとにああだよなあと思い出す。彼らの生きる力はすごい。一緒に暮らすと圧倒される。私は圧倒された。「何のために生きているのか、楽しむためだろう?」という当然の前提というかね。

バタクランを生き延びた友人の、友を亡くした痛みと生き延びてしまった自分、でもそれでも今まで通り人生を謳歌するのだ!という強い決意ね。

 

よく憎しみの連鎖と言われるけど、その鎖を断ち切ることは簡単じゃない。めちゃくちゃ苦しい。現在進行形で起きている戦争のことを考えると、不可能かもしれない…と思ってしまう。人としてどう生きるか、という選択。重い。