今回のロイヤル来日、私は『ジゼル』1回のみ。サラのジゼルを観に。

サラジゼルの可憐さ、健気さ、儚さ、美しさ。ジゼルのあれほど深く大きな愛に見合う男だったのかお前は!と言いたくなる。あまりにサラへの愛が強すぎてサラ以外への興味が薄らぐ私。(笑)
サラが舞台上にいない時間は、(なんでこれ観に来たんだっけ、あ、サラジゼルだからだ)と何度もなってしまい、正直来日公演の高騰したチケット代に対して、期待値を上回れるかどうか微妙だなと感じる。まあ仕方がないのよ、円安過ぎるからね。
納得できる可能性が高い作品としては本家たるマクミラン作品だと思うけど、チケットの売りやすさを考えると『ジゼル』のような、幅広い客層を想定できるものになるのかな。
話は逸れるが、コンクールでよく見る有名なヴァリエーションが含まれてるので、せっかくならあのVa.はどんな場面で、どんな状況で踊られているものなのか、というのを全幕でぜひ理解してほしいよね。コンクール見てるとなんか、文脈関係なく踊ってる感ある。
ロイヤルの演技力が、一幕のジゼル母やバチルドらの様子によく表れてる。リアリティ、説得力がある。
一方、別世界に連れて行ってほしい二幕ではどうだろうか。あれは精霊たちなんだろうか。私の目には、人間が精霊の役を踊っています感がある。あくまで血の通った人間なのだよね。脚を振り上げるのも活力を感じてしまう(笑)とにかく軽さやあの世感はない。
2020年オペラ座の来日公演での『ジゼル』を3キャストで観ているのよねえ。コールド含めオペラ座の『ジゼル』はさすがですよやっぱり。※パリオペファンの個人の感想です
そんな中で唯一儚さをまとい続けているのがサラジゼルで、それを浮遊させる平野さんのリフトも見事。本当に消えてなくなってしまいそうなジゼル。そんなジゼルが凛とした強さでアルブレヒトを救う。救われるに値する男だったのかアルブレヒト……(また言ってる)
サラの儚いながらも真の強さや知性を感じさせる役作りが大好き。浅はかなアルブレヒトはその本当の価値に気づいてなかったのよ。1人生き残りやがって。(まだ言う)
サラのピケアラベスクの美しさ。過剰な演技によってではなく、ピケアラベスクによってその人物の性格や、その場の感情を表現する。これぞクラシックバレエなのではないか。
NHKホールは駅から遠く、不快度高めな中を15分以上歩かねばならず、帰りも余韻が吹き飛ぶ下世話界隈なので、東京文化会館早く復活してー(切実)
あと、これもホールのせいかもだけど、ミルタが投げた枝が床に落ちた音が「ドサッ」「ドサッ」と響き、百合の花も音がして、ウィリたちの足音もドタドタするし、あれはちょっとなんとかならぬのかと思った。
ほんと、古典の世界作りって大変だね。
カーテンコール、サラを全幕で観られるのはもしかしたらこれが最後になるかもしれない、との思いで再ウルウルした。また会えますように!!
追記:
私は今年かつてないほど生の舞台を観ておらず、そして主にパリオペ勢を中心に観ているので、最近の国内カンパニーには疎い。海外とのレベル差は縮まっているもしくは上回る面もあるという意見は、きっとそうなんだろうな、そう言えるくらいにレベルが上がったんだろうな、というのは想像に難くない。今回のロイヤル来日を見て、意外と差はないなと思ったりするんだろう。
一方で、観る側の好みの問題は常にある。今まで何度も書いているけど、同じ作品同じ役であっても、海外勢と日本勢でアプローチが違う(特にマノンやジュリエットなどに顕著)。違っていい。観る側はその違いに気づき、好みによって取捨選択をする。
私にとっては女性像がどう表現されているか、どう解釈されているかはとても大きな要素なので、その面でモヤモヤが残ったものは、次回選びにくい。それが最大の理由。
かつて、新国白鳥にザハロワが客演したのを見たときのような衝撃は、今はもうないだろうと思う。スターを呼ばなくても成り立つのは素晴らしい。それぞれのカンパニーが個性的に、そしてレベルアップしていくのがよいのだろうと思う。