Noismを観にさい芸へ。去年の1月のDouble Bill以来。
前半のNoism1は森優貴演出振付の『Das Zimmer(ダス ツィマー)』。ドイツ語で「部屋」という意味とのことで、閉ざされた部屋の中で繰り広げられる様々な場面。ピアノ曲に合わせ、踊っては、真っ暗になり流れがぶった切られる。
これ、何か物足りなさを感じたのだけど、若いダンサーが多かったのかなあ。どことなく”学生っぽさ”があるような。自分の内から出るものよりも、与えられたものの方が感じられてしまうというか。
あと、衣装デザインはクラシカルなドレスな雰囲気なのに、髪型はただ一つ結びにしただけだったりして、そういうところも”学生っぽい”と感じてしまったのかも。普通にお団子にしてたらまた違って見えるんじゃないか。みたいなことを考えながら見てしまった。そして同時に私は何を求めて見に来ているんだろう、どんなものを見たいんだろう、とか。作品自体は好きな雰囲気だったんだけどね。
そんなことを考えた前半から休憩をはさんで後半、Noism0による『残影の庭―Traces Garden』(振付演出:金森譲)が始まった瞬間から、「やっぱすごっ!」ってなった。この違いはなんだろうと。11人で埋めていた空間を、3人で満たす。存在感がすごい。
立っているだけ、足を一歩出すだけで何かを語る身体。見ている側はその”何か”がなんなのかを少しでも読み取ろうと集中し釘付けになる。カリスマ性を帯びた身体の凄さ。
武満徹の音楽がまたいい。脳内ではひとつも再生できないんだけど(笑)、これまでで一番武満の音楽に集中できたような気がする。コンサートで聴いた時よりも。それだけ振付と音楽が一体になってたということかな。ダンスがあることでより音楽がわかる、というような。
日本人だから日本の音楽、みたいな雑な選択は好きじゃないのだけど(スポーツなどでよくあるでしょう?逆に違和感みたいなやつ)、『残影の庭―Traces Garden』は超しっくりきてた。緑っぽいライトの使い方で歌舞伎の演出を思い出した。”あの世のもの”という感じ。現実界と幻想界を行き来しているような。
それにしてもこのご時世に電車に乗ってる時間が長いとストレスでね。
それでもさい芸まで出向いてしまうのはNoismが見たいからであって、Noismの引力すごいよね。(笑)