アートなしには生きられない

バレエ、ダンス、クラシック音楽、美術館などシンガポール・東京でのアート体験を中心に。

Ténor(テノール!人生はハーモニー)

gaga.ne.jp

 

パリ郊外に住むオペラとは無縁の生活をしていた若者アントワーヌが、たまたまバイトのデリバリーで訪れたオペラ・ガルニエで歌の才能を見出される。こてこてにベタなストーリーなんだけど、フランスそしてパリと郊外の現実をベースにいろんな要素が盛り込まれている。

 

特に、最近起きた、警官が17歳の少年を射殺した事件をきっかけとした大規模なデモと、それに便乗した暴動。その背景になっているバンリューの日常がベースとして描かれていて、あの事件を思い出さずにはいられない。

 

出だしから示唆的。ラップの歌詞を考えていただけなのに、警官らに犯罪を疑われる。それがバンリューに生きる若者の日常で、警察・警官との関係性というのが、現実を思い出させる。

 

自分の居場所はどこなのか。さまようアントワーヌと、彼を導く人との出会い。理解者の存在の大切さ。そして理屈抜きに、前提知識なしに誰もの心を震わせる音楽の力。

 

そんなにうまくいくかよ~、みたいな野暮なことは言うまい。こういう映画も必要なのだ。

 

しかし実際にフランス社会の中で厳しい環境に置かれている若者たちはこの映画を観ただろうか、ということもちょっと考えてしまう。私はこれを観て感動しちゃったりするのだけども。例えばラジ・リ監督の『レ・ミゼラブル』(2019)のような容赦ない描き方。あれはショックだったが、昨今の暴動などをみると単なる作り話では済まない。あれこそ彼らのストーリー、という気もする。

 

だけど本作で描かれたような話が、夢物語でなくありえる話だと信じたい気持ちもある。

 

例えば『パリに見いだされたピアニスト』『オートクチュール』もちょっと似た感じだと思うのだけど、わかってるけど、ベタだけど、それでも創る、というのがフランスの映画界の意識なのかな。

 

スシだのマキだのジャポンだのいっぱい”日本語”も出てくる。笑えるところもたくさんあって、単純ながらうまくできてて楽しめる映画と思った。

 

 

現実のオペラ座の世界においても、ジャンルを超え、また社会的違いを超え、若者や新たな観客を招き入れようというオペラ座において取り組みがされている。例えば、ドキュメンタリー映画にもなったこれ。ストリートのダンサーたちがオペラの世界でともに作品を作り上げていく、その過程。彼らの言葉にぐっときた。

Indes Galantes(優雅なインドの国々 バロック meets ストリートダンス) - アートなしには生きられない